『劇場版 幼女戦記』from アニメライター講座

ライター:内村修斗

「世界を戦争へと突き動かしたのは帝国に対する耐え難い恐怖だと言えるかもしれません。つまるところは、感情です。」

映画は冒頭、統一暦1966年の連合国郊外にて、WTN記者が旧帝国軍中央技研主任技師アーデルハイト・フォン・シューゲルに帝国の過ちを尋ねるシーンに印象強く始まります。

本シリーズ『幼女戦記』は、もともとカルロ・ゼンにより2011年から小説投稿サイト「Arcadia」にて連載されていたWeb小説です。

「第一次世界大戦」と「第二次世界大戦」が混ざったような戦乱の世に、元日本人サラリーマンが幼女「ターニャ・デグレチャフ」として転生。魔法の才能に恵まれた彼女が、軍人として戦争の中心へと巻き込まれていくという異色の設定から人気を博し、2017年1月よりアニメ化、2019年2月には本作『劇場版幼女戦記』が公開されました。

帝国は、各戦闘では優勢であったはずの世界大戦において、戦況が次々と泥沼化していき、最終的には多国籍軍などの活躍もあり、惜しくも敗戦してしまったのでしょう。

しかし、なぜ帝国は負けなければいけなかったのでしょうか。

帝国はターニャを初め、参謀本部のゼートゥーアやルーデンドルフなど実に優秀かつ合理的な思考を持った頭脳がありました。それなのに、協商連合との戦いでは最後の爪が甘く、完全に勝ち切れず戦況は泥沼化、世界大戦を招いてしまいました。

ターニャ及び帝国は、度々他者の非合理性に惑わされ、計算が狂わされ「どうしてこうなったぁぁ」と叫ぶ羽目になります。

今回の劇場版の中では、相手の想定以上の非合理性、つまり“感情”が誤算となった象徴的な戦場として、ティゲンホーフ防衛戦がありました。誤算は主に二つ、連邦軍の無茶な反撃と、メアリー・スーの無茶な仇討ちです。

連邦軍の無茶な反撃。ティゲンホーフ防衛戦では、ターニャは地政学上の要所としてティゲンホーフを見いだし、孤立した帝国軍を支援すべく、防衛戦に赴きました。ターニャは連邦がその重要性を理解していないと踏み、そこまで苦戦にもならないと楽観視していました。しかし、その予想に反して連邦軍は人的資源を顧みず、人海戦術で反撃、更に目の敵にしている多国籍軍の魔導師に協力要請。全くもって非合理的かつ無謀なやり方で、首都攻撃に対する報復攻撃に出たのです。そのせいで、帝国軍は甚大な被害を受けました。

また、メアリー・スーとの戦闘。メアリー・スーは今回の劇場版でのキーパーソン。父アンソン・スーを帝国軍人に殺されたことを機に、その仇討ちをするため母の反対を押し切り合衆国軍人となり多国籍軍に配属された軍人です。ターニャとはモスコー陽動襲撃作戦とティゲンホーフ防衛戦で二度戦火を交えることになります。

ターニャは最初、「戦争に個人的感情だと!バカバカしいにもほどがある!」と焦ります。

最初は押され気味だったものの、水面に映る自身の表情を見て

「仕事だ。感情は抜きだ。理性に基づく自由意思において、殺そう」

と、平静を取り戻しなんとか難を逃れました。

この二つはまさに誤算であり、全体で見れば小さく、しかし確実に痛手を被る「政治的失敗」の積み重ねで参謀本部の合理的な戦略は蝕まれ、真綿で首を絞められるがごとく、少しずつ、かつ着実に敗戦への道をたどることとなったのでしょう。

以前、WebNewtypeの記事『「これが面白いんだ、これを食え!」原作者カルロ・ゼンが語る「幼女戦記」(前編)』(2017年02月11日 01:30配信)にて、カルロ・ゼンは、ターニャはもともと、シカゴ学派を理想とする人間を変な世界に放り込んだらどうなるんだろうという思考の遊びから生まれたキャラクターだと語っていました。

シカゴ学派というのは誤解を恐れずに端的に言えば、市場原理主義が息をしているような存在つまりは、究極のリバタリアンです。

個人的な自由、そして経済的な自由を最重要視し、これが最大限認められれば社会は神の見えざる手によって合理的に調整される。こういった思想がターニャの前提としてあります。

しかし、ここでいう自由とは、極めて理性的な自由であり、徹底した損得勘定です。

この思想は、本編中のターニャのセリフ

「唯々諾々と神に救いを求めるなんてありえん。配られたカードを活用して己の未来をつかみ取る。それが人間の特権だ。人間の条件なのだ。」

ここに端的に表れているでしょう。配られたカードを活用して己の未来をつかみ取る。そのための自由意思であって、これを最大限守らなければならない。そう考えるのです。

ところが、人間は理性で物事を判断できると同時に非常に感情的な生き物です。

徹底した理性主義に走ったがあまり、敵国の感情を逆なでし、耐え難い恐怖をもたらしてしまった。その恐怖により、帝国は滅ぼされてしまったのです。

帝国は、軍事で合理主義を突き進むのだから、本来であれば政治がその出口を用意し、適切に戦いを終わらせるべきでした。軍事と政治、理性と感情、このようなものは二輪揃って初めて成立するのであって、片輪だけでは成立しないのです。

ともあれ、劇場の最後にはターニャ率いる新しい“試験戦闘団”コードネーム、サラマンダーが始動することが明かされました。待ち受ける先が敗戦であることは、冒頭で明らかになってしまいましたが、幼女戦記の面白さは一切褪せることを知りません。

むしろ、八方塞がりになっていく中で、帝国参謀やターニャがどのように立ち回るのか、サラマンダー戦闘団がどのように活躍するのか、非常に楽しみです。

本作『劇場版 幼女戦記』は、2019年2月に公開され、今年2020年5月3日よりNETFLIXでの配信がスタートしました。NETFLIXでは、配信開始と同日に国内映画1位となるなど、話題になりました。ぜひこの機会に、もう一度見返してみてはいかがでしょうか。

<編集協力:浅井恵斗>